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2019.10.9

疑惑のゴールとBVBのW杯優勝メンバー

疑惑のゴールとBVBのW杯優勝メンバー

西ドイツ時代を含め、ドイツ代表に初めて選出されたボルシア・ドルトムント選手はアウグスト・レンツ。このストライカーは1935年4月28日に行われたベルギーとの親善試合で初キャップを獲得し、デビュー戦で2ゴールを記録した。レンツ以降、ドイツのA代表としてプレーしたBVB所属選手は現在までに54人を数える。

 

ボルジッヒプラッツから育った多くの選手が世界やヨーロッパの頂点に上り詰めている。その中で最も記憶に残る存在といえば、ワールドカップで特異な体験をしたハインリヒ・クビアトコフスキとハンス・ティルコフスキの両ゴールキーパーだろう。

 

1966年ワールドカップ決勝で“決まった”1点は、サッカー史上最も有名なゴールの一つとして記憶されている。GKはBVBのハンス・ティルコフスキ。

 

今から53年前、ティルコフスキはサッカー史に残る“疑惑のゴール”を許したゴールキーパーとなった。イングランドと西ドイツがウェンブリーで対戦した1966年ワールドカップ決勝は、両者譲らず延長戦に突入。101分にイングランドのジェフ・ハーストが敵陣ペナルティーエリア内でボールを受けると、ティルコフスキの守るゴールに向かってシュートを放つ。このボールはクロスバーの下をたたき、地面にはね返ってピッチ内へ戻ってきたが、トフィク・バフラモフ副審はボールがゴールラインを完全に割ったと判定。副審の合図を確認したゴットフリート・ディーンスト主審はハーストの得点と認め、イングランドが3-2と勝ち越した。ティルコフスキはその後、このゴールが「決まったのか、あるいはそうでなかったのか」、延々と同じ質問に答えることを余儀なくされたのだった。

 

クビアトコフスキもまた、BVBのゴールキーパーとしてワールドカップの歴史にその名を残した選手の1人だ。舞台は1954年大会。“ハイニ”はトニ・トゥレクに代わってハンガリー戦に先発したが、猛攻にさらされて3-8の大敗を喫した。これは歴史的惨敗と言うべき結果だったが、ゼップ・ヘルベルガー監督率いる西ドイツは決勝でハンガリーに雪辱。この勝利は「ベルンの奇跡」として称賛され、グループステージでの屈辱以上に記憶されることになった。

 

ザマー:ドイツをEURO ‘96優勝に導いたリーダー

 

マティアス・ザマーは代表通算58試合に出場したが、そのうち38試合がBVB在籍時となる。1994年のワールドカップアメリカ大会では、ベルティ・フォクツ監督の頼れる参謀としてピッチで躍動。準々決勝まで勝ち進むと、ニュージャージーのジャイアンツ・スタジアムでブルガリアと対戦した。しかし、ザマーをケガで欠いたドイツは1-2で惜敗。フォクツ監督は「マティアスがいれば、このようなことにはならなかっただろう」と嘆いた。だが2年後、ザマーは再び国際舞台で輝きを放つチャンスを迎える。ドレスデン出身のディフェンダーは攻守に存在感を発揮し、イングランドで行われたEURO ‘96で見事に栄冠を獲得。同じ年のバロンドール(欧州年間最優秀選手)にも輝いた。

 

EURO ‘96制覇を成し遂げたザマー

 

EURO制覇に貢献したBVBの選手は、ザマーだけではない。PK戦にもつれ込んだ準決勝では、アンドレアス・メラーのキックによってドイツの勝利が決定。シュテファン・フロイントは豊富な運動量で中盤を支え、シュテファン・ロイターも右サイドで安定感の高いパフォーマンスを披露した。この大会にはユルゲン・コーラーも出場していたが、チェコと対戦したマンチェスターでの初戦でひざを負傷。わずか9分間のプレーでコーラーのEURO ‘96は終わりを告げた。

 

その他のワールドカップ優勝メンバー

 

ワールドカップで1分たりともプレーすることなく、優勝を成し遂げるという複雑な思いを味わったBVB戦士たちもいる。ボルフガング・パウルはその1人。BVBのキャプテンとして1966年に欧州カップウィナーズカップ制覇を成し遂げたパウルは、その年のワールドカップで西ドイツ代表に選出。しかし一度も出場機会に恵まれないまま、トロフィーを掲げることになった。同じく代表通算17キャップを記録したフランク・ミルも、ピッチに立つことなく1990年のワールドカップ優勝メンバーに。2002年にはラース・リッケンが同じ運命をたどったが、この大会のドイツは準優勝に終わっている。また、2014年のブラジル大会ではケビン・グロスクロイツとエリック・ドゥルム、ロマン・バイデンフェラーがドイツ代表として栄冠を掲げたが、やはり一度もプレーしていない。ただしマッツ・フンメルスは主力としてプレーし、ドイツの最終ラインに君臨した。

 

1966年のスペイン戦で難しい角度からゴールを決めるローター・エメリッヒ

 

アルフレート・シュミットもまた、世界の舞台で輝きを放ったブラック&イエローの代表組だ。テクニックに優れた“アキ”はヘルベルガー監督に高く評価され、21歳の若さで西ドイツ代表に招集。主力として1958年のワールドカップスウェーデン大会に出場した。

 

あと2人、忘れるわけにはいかないBVBのレジェンドがいる。ローター・エメリッヒとジギ・ヘルトだ。魔法の左足を持つエメリッヒは、1966年のイングランド大会で見事なゴールを記録。バーミンガムでのスペイン戦ではあり得ない角度から強烈なシュートを決め、祖国の準々決勝進出に貢献した。エメリッヒの相棒を務めたヘルトも、BVBと代表の両方で主力として活躍。普段は口数の少ないジギだが、1966年と1970年のワールドカップではプレーで雄弁に語った。

 

文:ボリス・ルパート

 

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