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2016.11.16

ボルシア vs バイエルン:輝きと混乱の歴史

ボルシア vs バイエルン:輝きと混乱の歴史

ボルシア・ドルトムントは今週末、FCバイエルン・ミュンヘンとの試合に臨む。両者の対決は、2012年4月以降の4年半で実に20回目。特に記憶に新しいのは2013年のUEFAチャンピオンズリーグ決勝、そして2012年のDFBポカール決勝だろう。

 

19日のジグナル・イドゥナ・パルクでの対戦(日本時間20日2時30分キックオフ)を前に、この2チームが激突した過去の試合を振り返り、伝説となった一戦をいくつかピックアップした。

 

故アキ・シュミット

 

“ノックアウト・フットボール”。1965-66シーズンの第8節、2位のBVBと昇格したばかりだったバイエルンが初めてブンデスリーガで対戦した試合を、ベストフェーリシェ・ルントシャウ(WR)紙はそのように表現した。試合は予想外のリーグ首位チームとしてシュトローベルアレーに乗り込んできた赤のバイエルンが支配。しかしBVBが容赦ないカウンターで反撃し、ラインホルト・ボーザプの2ゴールでアウェーチームを2-0で下した。

 

試合には若きドイツ代表ベッケンバウアーも出ていたが、PKをBVBのGKハンス・ティルコフスキに止められるなどツキがなく、さらにこの日ピッチに立っていたもう一人の逸材の影に隠れてしまった。「アキ・シュミットが流れを変えた」とWR紙は書いている。「守備でアサウアーとクラートをサポートする一方、3トップに絶え間なくスルーパスを送り続けた。シュミットの40メートルのパス、そしてスペースがない所での巧妙なテクニックがミュンヘンから来た選手たちを惑わせた」

 

1967年6月3日には、共に欧州制覇を経験した両チームがシュタディオン・ローテエルデで激突。バイエルンは3日前、1966年にBVBが手にしたUEFAカップウィナーズカップを制し、新たな欧州チャンピオンとなったばかりだった。しかしこの日はブラック&イエローがあらゆる面でバイエルンを圧倒。4-0とライバルを一蹴した。

 

1966-67シーズンのリーグ最終節となったこの試合では、ブンデスリーガの得点王争いにも注目が集まった。キックオフの段階ではゲルト・ミュラーが28ゴールでトップ、これを前年の得点王ローター・エメリッヒが2ゴール差で追っていた。“エマ”は15分、BVBに先制点をもたらし、その差を1点に詰める。BVBはさらにボーザプが2点を追加し、スコアは3-0に。そして終了間際、ボーザプに再び絶好のシュートチャンスが巡ってきたが、彼はこれを快く“エマ”に譲った。4-0の勝利を締めくくるゴールを挙げたエメリッヒは、シーズンの文字通りラストキックでミュラーの記録に並んだ。

 

リブダが一人でバイエルンを倒す

 

一方、BVBがホームでバイエルンに6-3と競り勝った1967年9月9日の試合では、ラインハルト・“スタン”・リブダがバイエルンを翻弄したとWR紙は書いている。アウェーのバイエルンは2度にわたってリードを奪い、60分まで耐えしのいでいたが、3-3で迎えた残り30分を切ってから、BVBが巻き返しをスタート。その中心となったのが、“スタン”(イングランドの伝説的選手スタンリー・マシューズより)の愛称で親しまれたリブダだった。リブダはチームの4点目をアシストしたほか、90分には自らもネットを揺らした。

 

 

しかし1971-72シーズンのブンデスリーガでは、敵地グリュンバルダー・シュトラーセのスタジアムでバイエルンに1-11と大敗。BVBは最終的に2部に降格することになった。WR紙はこの試合を「処刑」と表現し、「クラブ史における最悪の日」と記した。このリーグ第16節が行われたのは1971年11月27日。「グラウンドにはうっすらと雪が積もっていたが、サッカーをするには理想的な天候だった」とWR紙は書いている。ブンデスリーガでクラブ史上最大の勝利を収めたバイエルンだが、その点差はさらに開いていてもおかしくなかった。「20点決められていた可能性も十分にある」。現地で取材をした記者は、失望と共にそうレポートしたが、同時に驚くべき光景も目にした。「試合終了の笛が鳴ったあと、2人のBVBサポーターがピッチに駆け込み、選手たちを慰めたのだ。感動的かつ象徴的なシーンだった。なぜならボルシアが今必要としているのは批判や嘲り、侮辱ではなく、どん底に落ち込んだときにこそこのクラブを支えてくれる友人たちだからだ」

 

1978年8月12日に行われた1978-79シーズンの開幕戦では、2つの快挙を達成した。まずマンフレート・ブルクスミュラーの1点により、11年ぶりにバイエルンにホームで勝利したこと。そしてBVBでブンデスリーガ通算553試合に出場することになるGKアイケ・インメルが17歳でリーグ初出場を果たし、ゴール前で見事なパフォーマンスを披露したことだ。

 

GKをかわしたもののゴール枠を直撃

 

1986年8月9日にミュンヘンのオリンピアシュタディオンで起きたことは、今もフランク・ミルを悩ませているかもしれない。最初から説明しよう。このバイエルン対BVBの試合を担当したガボール主審は、1分早くキックオフの笛を吹いたのだが、ほかの会場で試合がスタートした15時30分、BVBはすでに0-1とリードされていた。開始直後、マテウスのシュートがポストとクロスバーにはじかれたのち、ボールファートがネットをとらえたのだ。そしてスコアが1-1となった直後、ブンデスリーガの歴史に残る痛恨のミスが生まれる。BVBのストライカー、ミルがバイエルンのGKプファフをかわし、無人のゴールまで4メートルとする。BVBの逆転ゴールは決まったも同然だった。しかしこの日のミルはツイていなかった。少なくともゴールの前では。一瞬、ためらったのちに放ったシュートは、クロスバーを直撃してしまった。試合は結局2-2のドローで終了。ダニエル・シメスのゴールで再びバイエルンがリードを奪ったが、BVBはミヒャエル・ツォルクが決めて敗北を回避した。試合後、BVBのザフティッヒ監督は、「30分までに0-3とされていてもおかしくなかった」とコメント。一方バイエルンのウド・ラテック監督は、「相手が4-2で勝ったのなら文句も言えないのだが…」と話している。

 

GKジャン=マリー・プファフをかわしながらもシュートをポストに当てたフランク・ミル

 

ミュンヘンで行われた1989-90シーズンの最終戦は大混乱となった。3-0とリードしていたバイエルンのファンが、試合終了までまだ時間があるにもかかわらずピッチになだれ込み、クラブの12回目のブンデスリーガ優勝を祝い始めたのだ。ボルフガング・デ・ベアのキックを頭に受けて脳振とうを起こしたウンバッハ主審に代わり後半から試合を裁いていたレーン主審は、試合を中止にすると警告。このことを観客に伝えたスタジアムアナウンサーは、その場合はバイエルンの勝ち点が没収されることも付け加えた。応援に駆け付けていた2000人のBVBサポーターも、これを聞いてピッチまで降りてきたため、スタジアムはカオス状態となった。バイエルンの選手はすでに祝いのシャンパンを飲み始めていた。当時まだバイエルンでプレーしていたユルゲン・コーラーはドルトムントの選手にもドリンクを勧め、アウゲンターラーは葉巻をふかした。一方、ミルは興奮するバイエルンのファンたちから走って逃げた。30分後、ようやく警備隊が混乱をある程度収拾。レーン主審は試合再開の笛を吹いたものの、3分後に終わらせた。タイトル獲得を祝うバイエルンに対し、BVBが抗議することはなかった。

 

PK戦のドラマ、チャンピオンズリーグ、そしてカーン劇場

 

オリバー・カーンはハイコ・ヘルリッヒの首にかみつき…

 

1992-93シーズンのDFBポカール2回戦でベストファーレンシュタディオンに詰めかけた3万8000人の観客は、白熱の一戦を目にすることになる。ハイライトはBVBが1-2でリードされていた83分。バイエルンのオラフ・トーンが2枚目のイエローで退場となる。判定に不満のアウェーチームが抗議を続けている間に、ステファヌ・シャプイサが同点ゴールを奪った。試合は延長戦に持ち込まれたものの、それ以上のゴールは生まれず、勝負はベストファーレンシュタディオンで初めてのPK戦へ。BVBが5人すべて成功したのに対し、バイエルンはマジーニョが失敗。BVBが5-4で制して勝ち抜けを決めた。

 

同じくベストファーレンシュタディオンで行われた1997-98シーズンのチャンピオンズリーグ準々決勝第2戦では、110分にスタジアムが歓喜に包まれた。ミュンヘンでの第1戦を、幸運にも0-0の引き分けで終えていたBVBだが、ホームでの第2戦でもバイエルンからゴールを奪えずにいた。しかし延長20分、“ミスター欧州カップ”と呼ばれていたシャプイサが、その名にたがわぬ活躍を見せ、鮮やかなボレーシュートを決めてBVBを準決勝に導いた。

 

…そしてシャプイサに蹴りかかった

 

「ピッチでカッとなってはいけない」と、かつて賢明なアドバイスをしていたオリバー・カーン。しかバイエルンがベストファーレンシュタディオンに乗り込んだ1999年のイースターの日曜日、彼はそのことを忘れてしまったようだ。BVBが2-0でリードしたあと、“カーン劇場”が開幕する。まずBVBのゴールを2点とも決めたハイコ・ヘルリッヒの首にバンパイアのごとくかみつき、ヘルリッヒを唖然とさせた。さらに幸いにも空振りとなったが、シャプイサにカンフーキックで蹴りかかったのだ。ドイツ代表の守護神だったカーンは、「何かの印象を残したかった」とのちに語っている。BVBはラース・リッケンがPKを失敗し、試合を2-2の引き分けで終えた。

 

文:マルティン・バウマイスター

 

2002年11月9日のバイエルン戦では退場したイェンス・レーマンに代わってヤン・コラーがゴールを守ったが、得点を奪われることはなかった

 

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