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2019.11.17

ホロコースト犠牲者の足跡をたどる旅

ホロコースト犠牲者の足跡をたどる旅

「ボルシアは団結する! 我々は忘れない。反ユダヤ主義と共に闘う」。このモットーの下、ボルシア・ドルトムントはナチス時代に人類史上最悪の残虐行為が成された地を訪ねる社会見学ツアーを企画している。2011年以降、ファンと一緒にアウシュビッツ(ポーランド名オシフィエンチム)とルブリンを訪問。ホロコーストの恐怖に直面すると同時に国家社会主義の残虐さについて学んでいるほか、クラブおよびメインスポンサーのエボニック社のスタッフを対象にしたツアーも毎年行っている。

 

最も理解しがたく、そして言語に絶する悪が行われた場所、アウシュビッツ強制収容所への訪問は、ドイツ史上最も暗黒の時代に対する理解を助ける上で非常に貴重な教材となっている。実際に訪れた人々は誰もが特別な責任を感じるようになる。それは、「歴史を決して忘れない、そして右翼傾向に断固として立ち向かわなければならない」という責任だ。人種差別、反ユダヤ主義、その他あらゆる形の差別の居場所は我々の社会にはない。以下の記事は、今年開催されたアウシュビッツへのBVB社会見学ツアーに参加したメンバーの1人、カイ・ウーベ・ホフマン医師が書いた個人的レポートの抜粋。クラブマガジン『ボルシア』にはプロの記者が書いた記事しか掲載されないため、こちらの公式サイトで紹介する。

 

サッカーが無意味になるとき

 

ホフマン氏は現在63歳の整形外科医。子供のときからボルシア・ドルトムントと1FCカイザースラウテルンを応援してきた。つまり以下は、クラブの一ファン、そしてツアーのごく一般的な参加者の感想となる。「参加した全員にとって非常に感情を揺さぶられる旅だった」と話したホフマン氏は、社会見学から帰宅後の土曜日、BVB対バイエルン・ミュンヘンのスーパーカップを観戦に行かないことに決めた。「金曜日にアウシュビッツから戻ってきたら、土曜日のサッカーの試合が急に無意味に見えるものだ」

 

アウシュビッツのポーランド名オシフィエンチムは、ナチスが行った大量虐殺のシンボルとも言える場所。BVBとクラブのファン部門、ドルトムント・ファンプロジェクト、そしてスタニスワフ・ハンツ教育機関の協力により、今回のツアーは7月27日から8月2日までの日程で行われた。

 

 

歴史を学ぶ

 

カトビツェ行きW6 1092便は7月27日の午前6時30分に飛び立った。空港に降り立ちスーツケースと共にバスに乗り込む際、私の頭をよぎったのは、なんて快適な空の旅だっただろうかということ、それに対し、列車で強制退去させられたナチスの犠牲者たちの旅路はどれほど恐ろしいものだったろうかということだった。アウシュビッツの国際ユースミーティングセンターでBVBの職員アメリー・ゴードンとダニエル・レルヒャー、そして歴史家のアンドレアス・カールスに出迎えられた私たちは、すぐに打ち解け、同じ気持ちを共有することになった。アンドレアス・カールスがアウシュビッツ収容所の歴史、その建設から1945年1月27日にソ連の兵士によって解放されるまでを簡単に説明してくれた。

 

 

初日はアウシュビッツの街を散策し、アウシュビッツで最初に設置された“シュトルパーシュタイン(つまずきの石)”を発見した。“つまずきの石”とは石畳に埋め込まれた真鍮のプレートで、ナチスによる迫害政策の犠牲となった人の名前と生年月日、亡くなった日が刻まれたもの。ここで私たちはまず大きく心を揺さぶられることになる。1937年に生まれたフランチシュカ・ヘンリカ・ハーバーフェルトは、母フェリチア、父アルフォンスと共にアウシュビッツに住んでいた。1939年、両親は世界博覧会を見るためニューヨークに旅行。当時まだ2歳だったフランチシュカはクラコフに住む祖父母の家に預けられた。

 

しかし両親が大西洋を渡って帰国する途中、第二次世界大戦が勃発。二人はポーランドに帰れなくなってしまった。船はインバネスとニューカッスル・アポン・タインに停泊したのちアメリカに戻った。1942年、クラコフからアメリカに届いた1枚の絵葉書を最後に、わずか5歳だったフランチシュカはナチスの犠牲となった。彼女の名が刻まれた“つまずきの石”を前に、誰もが涙をこらえながら沈黙した。私は一番下の娘のことを思った。

 

強制収容所の見学

 

3日目はいよいよ強制収容所の訪問。入口にかかる“働けば自由になる”という非常にシニカルなスローガンが我々を迎えた。この日、ガイドを務めてくれた元ドイツ語教師ヤヌシュ・ブウォシアクによれば、このメインの第一収容所は元々、囚人たちの労働キャンプだったとのこと。しかし1940年5月から1945年1月までの間に6~7万人がここで殺された。ブウォシアクはさらに、囚人たちがいかにして疑似科学的な実験の実験台にさせられたか、いかに多くの人々が“黒い壁”に立たされ射殺されたか、いかに女性たちが強制的に不妊手術を受けさせられたか、そして1941年、どのようにチクロンBを使った初の毒ガス実験が行われたかを説明した。

 

 

我々はその後、囚人たちの持ち物や貴重品が保管された倉庫へ移動。靴、スーツケース、眼鏡、入れ歯、貴金属などが6つのバラックに分かれて保管されていた。金歯は抜かれ、剃られた髪の毛は原材料として織物工場に売られた。あるカーペット工場では、人毛80%、綿20%というラグを作っていたことが後に判明している。

 

7月30日の午後には、絶滅収容所と呼ばれたアウシュビッツの第二収容所ビルケナウを訪れ、そこで行われた殺人行為の恐ろしさに直面した。約100万人のユダヤ人と10万人のシンティ・ロマ人を含む、およそ110万人もの人々が、サッカーグランド350個分ほどの広さを持つこの収容所で殺された。うち90万人は到着してすぐにガス室へ送られ、その他の20万人は病気や栄養失調、暴行、医療実験、極度の疲労により命を落とした。ガイドのヤヌシュによれば、囚人たちは馬小屋を改造した不衛生なバラック350棟に収容され、馬を50頭収容するスペースに700人から1000人が詰め込まれたという。

 

 

その後、我々は被追放者たちが列車で到着した場所を訪れた。アンドレアス・カールスが、ドルトムントで生まれてここで殺されたエルンスト・レオンの言葉を読んだ。我々はここに花のリースを捧げた。誰もが胸を押しつぶされるような気持ちになり、ここまで見聞きしてきたことに圧倒された。受け止めることが困難な、あまりにも重い現実だった。

 

心動かされたツアー

 

水曜日は過去に思いをはせる振り返りの日となった。我々は再びメインのアウシュビッツ第一収容所を訪ね、さまざまな記録資料や囚人たちの持ち物などの展示物を見学。個人的に非常に興味を持ったのは、あらゆる種類の文書や医学的資料だった。一人の医者として、ヨーゼフ・メンゲレが収容所内で行った非人道的な人体実験を理解することは到底できなかった。私は“医師”という肩書をつけて彼の名を口に出すことを断固拒否する。代わりにメンゲレのことは高級中隊指導者と呼ぶ。そのメンゲレの助手を務めたミクローシュ・ニースリの手記『私はメンゲレ医師の助手だった』は非常に興味深かった。自らもアウシュビッツの囚人だったニースリは、いかに自分が焼却炉およびガス室での仕事をさせられるようになったか、そしてそうすることでどうホロコーストを生き抜いたかについて記している。

 

 

8月1日にはワークショップを行った後、アウシュビッツの第三収容所モノビッツへ向かった。ドイツのさまざまな化学薬品会社による組織IGファーベンが、この地に小さな町ほどの広さの化学プラントを建設。多くの囚人たちがここで労働者として搾取された。現在は戦前の名前モノビツェと呼ばれているこの収容所をその日訪れていたのは我々のグループのみで、毎日多くの観光客が見学に来るメインの博物館とは対照的だった。モノビツェにも悲惨な過去があったことは一般の観光客にはあまりわからない。戦後、多くの元住民がこの地に戻り、収容所の建設資材で家を再建したという。

 

1週間近くのツアーを終え、別れの時がやってきた。8月2日の午前中には最後のセッションを行い、皆で今回の社会見学ツアーを振り返った。私はこの旅で非常に貴重な体験をし、ほかにはない特別な雰囲気を味わえたことを忘れないだろう。BVB、そしてクラブのファン部門とファンプロジェクトがこうして歴史を深く掘り下げる機会をくれたおかげで、我々は共に知識を広げ、感情を分かち合うことの大切さを学ぶことができた。このクラブ、そしてクラブカラーのブラック&イエローを代表して今回のツアーに参加できたことを誇りに思う。

 

カイ・ウーベ・ホフマン医師

 

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